プロフィール【絶望の淵から僕がミノタブに出会うまで】

「消えたい」

 

僕は38歳にして人生を断ち切りたくなるほど追い込まれていました。まじでこの世から消えてもいい、いや、消えたいと思ってしまうぐらい。

その時の僕は、毎日の仕事はおろか、外へ出ることですら苦痛だった日々。生きているだけでつらい。

ただ外へ出るだけでですよ。マジで自分の人生をうらみました。最低ですが親も恨みました。母方の祖父も恨みました。何で外へすら堂々と出れない人生なんだ!と発狂しました。まだ病気の方がましだとさえ思いました。

マジで部屋で嗚咽がでるぐらい喘ぎました。

 

そんな僕の人生の地獄が今、嘘のように解消されてきています。

 

25歳からの僕の薄毛改善への取り組みを綴ります

どうもこんにちは。ミノスケです。

僕はミノタブで全盛期の7割ぐらいまで回復しました。

と同時に発狂していた精神も安定してきています。

もう、僕の中ではミノタブ以上に回復する発毛薬・育毛剤はありません。25歳で薄毛の兆しに気づいてから、数え切れないほどの薄毛対策をしてきましたが、誰の目から見ても目に見える効果を実感できたのはミノタブしかありませんでした。

見て分かるとおり、完全なミノタブ信者です。

(といっても100%回復ではないので、ドフサに向けて今も頑張っていますよ!)

このサイトは、そんな僕の体験談や、現在の自分の髪へのアプローチや、ミノタブと同様に試してきたAGA治療薬などの情報をまとめています。

もしあなたが今、僕と同じように薄毛に悩まれているのなら、僕のこれまでの体験から確立してきたノウハウが、あなた自身の薄毛克服のほんの少しでも参考になれば嬉しく思います。

【地獄のはじまり】25歳に薄毛に気づき、ゾッとする

さて、僕の母方の祖父は、40歳に差し掛かるところころには、既にツルツルだったらしい。

 

つまり、僕はその隔世遺伝を受け継いだハゲのスーパーエリートになります。

 

僕が初めて、自分が薄毛であることに気づいたのは25歳のとき。

週末によく遊んでいた友人から、頭のてっぺんを凝視され、「おまえの頭頂部、かなりキテるなぁ、ヤバないか笑」と指摘されました。

その時は「いやいや大丈夫やろw」とおどけてみせながらも内心あせり、家に帰って早速に人生初となる「合わせ鏡」で頭頂部を確認しました。

 

「えっ、・・・・ハゲてるやん・・・」

 

「嘘やろ・・・」

 

その瞬間、僕の顔は固まり、体の穴という穴すべてから脂汗が噴出し、一瞬頭が真っ白になり、咄嗟に死にたくなるほどゾッとしたのを覚えています。

【世界が灰色に】僕の育毛は市販の育毛剤からスタート

その日から僕の頭の中から「薄毛」という言葉が浮かばなかった日はありません。この日以降、人生を心の底から楽しめてると感じる日は一日たりともありませんでした。

「薄い」「ハゲてる」という言葉に異常に敏感になりました。

そして、その時から35歳になるまで、「若ハゲというレッテル」を背負った絶望の人生から脱出しようと、思いつくかぎり様々なことを試したのです。人生のすべてをかけて。

僕の育毛は市販の育毛剤から始まりました。

最初に使った育毛剤は遺伝子の力で髪を生やすという当時画期的なキャッチフレーズだった、今は亡き「イノ●ート」でした。そして「カ●ヤンガッシュ」。

今振り返ると、昔は自分の発毛に関する考えもお粗末なモノでした。

それから、カプイソ、半身浴、湯シャン、オナ禁、頭皮マッサージ、猪毛ブラシマッサージ、運動、呼吸法、アロエ、自力整体、真向法、肉断ち、玄米食、断食、漢方、強く願う、二ゾーラルシャンプー、シャワーヘッドの交換、ビタミンB摂取、足裏マッサージ、温熱療法、馬油、など。

しかし、何を試しても一向に抜け毛は減らず、頭頂部から始まった薄毛だったのが、30歳ぐらいから前頭部、それからM字部分、そして生え際が薄くなっていきました。

25歳から30歳までのたった5年の間に、誰が見ても「この人、若いのに髪薄いな。」と感じるほどになっていました。実際に、それをいじってくる嫌な奴もいました。

そして、35歳のころに、これだけは手を出すまいと決めていた「フィンペシア」をはじめて服用します。

フィンペシアとは、「フィナステリド」を有効成分とする飲むタイプのAGA(男性型脱毛症)治療薬「プロペシア」のジェネリック薬です。
>ジェネリック医薬品とは

35歳で初めてフィンペシア(フィナステリド)を服用する

当時、フィンペシアなどのAGA治療薬はなるべくなら使いたくないというのが本音でした。

その理由は副作用が現れる可能性があるからです。フィンペシアで可能性のある噂される副作用は、勃起不全や性欲減退などでした。

結局フィナステリドは止めてミノタブ一筋でいった話

さらに一番怖かったのは、胎児に影響を与えるかもしれないということでした。これは、独身の僕にとって恐怖でしかありませんでした。自分への副作用なら、自己責任の範囲と考えていましたが、相手にまで影響を及ぼすとなると・・・。

ただ、パートナーのいなかった僕は、わらをもすがる思いでフィンペシアを試しました。その時初めて「薄毛治療薬」をネットショップで購入できることを知り、一番利用者の多かったオオサカ堂でフィンペシアを購入したのです。

これですね。最初に買ったAGA治療薬は。
フィンペシア(Finpecia)1mg

僕の期待度はかなりのモノで、間違いなく効果は高いだろうと考えていました。つまりフィンペシア服用で抜け毛は絶対に減るだろうと思っていましたが・・・。

しかし、期待は見事に裏切られました。

結局、フィンペシアを約5ヶ月間使用したのですが、目を見張るような効果は現れませんでした。

噂によれば、フィンペシアの偽物もあるとのことでしたので、僕が5ヶ月間飲み続けたのは、もしかすれば偽物のフィンペシアだったのかもしれません。はたまた5ヶ月で効果を測るには短すぎたのかもしれません。

どちらにしても、フィンペシアは僕の薄毛改善の救世主にはならなかったのです。

それから38歳になるまでは、また色々な育毛法をむさぼり試していった訳ですが、やはり抜け毛が減ることは一切なく、お風呂でシャンプーをするたびに手や顔につく抜け毛を見て、絶望に打ちひしがられるのでした。

絶望時にさらに薄くなっていた僕の生え際↓↓↓↓↓一番ヤバイときです。

ミノタブ服用前のカッパ並みに砂漠化した頭頂部も載せれたらよかったのですが、あの頃はマジで消えたい毎日で、撮影をすると本当にそうなりそうだったので、記録に残していません。すみません。

 

38歳の夏にAGAクリニックへ行くことを決意

とことん絶望に打ちひしがられる毎日に耐え切れず、僕は約6ヶ月間「AGAスキンクリニック」というAGAクリニックに通いました。

最初は躊躇しましたが、本当にもうどうしようもない気持ちでした。明日の会社すら通勤して人に頭を見られてると思うとウツになっていましたので。

「もう髪のことがマシになるのなら、全財産はたいてもいい。」

そんな気持ちでした。

AGAクリニックでは、まず無料のカウンセリングを行い、自分の頭皮がどのタイプの薄毛になるのか説明を受けました。そして、自分と同じタイプの人がどういう治療で、どんな風に変化していったのかという説明を受けました。

で、基本的にはAGA治療薬で治療をしていくことだと説明され、藁をもすがる思いで、AGAスキンクリニックが当時独自に開発していたオリジナル治療薬「リバース」を服用することにしました。

確か、月18,000円ほど。出された薬はフィナステリドとミノタブ。

「飲む発毛薬ミノタブ」

これが僕を絶望の淵から救ってくれることになるとは、その時は思いもしなかったのです。

その時、僕の髪の状態は、頭頂部が最もヤバくて、ほぼカッパ状態。M字部分もどんどん進行して、完全に地肌が見えていました。日に日に頭皮状態は悪くなっていました。なので、もう自分の頭を坊主気味にしてごまかしてました。もちろん自宅でバリカンです。

 

さらに前頭部もスカスカの状態になってきており、このままでは頭頂部、前頭部、M字部分がすべて繋がり、完全なツルッパゲに向かっているのが明らかで、ここがこれまで生きてきた人生の中で”底”だったと思います。

正直、万策尽きた。人生終わった。本当に生きていることが苦しかった。あのとき、よく会社にいけていたなぁと今でも不思議に思いますね。

どん底から浮上する奇跡のはじまり

そんなどん底で生きる気力すらなくなっていた僕ですが、初めて僕はミノタブという存在を知り、服用することになったのです。処方されたミノタブの効果は凄まじく10月に服用してから12月までは抜け毛は多かったのですが、それ以後、ものすごい勢いで髪が生えてきたのです。

ミノタブの初期脱毛は発毛の予兆!その後に産毛が大量発生する

その奇跡から1年以上が経過しました。僕はまだ薄毛と日々戦っています。

現在進行中の、僕自身のミノタブ体験やリアルに経験した育毛情報を発信することで、僕と同じ薄毛に悩んでいる同士の悩みの解決に少しでも役立てれば幸いです。

より詳しい僕のリアルなミノタブ体験の内容はこちらをどうぞ。

>「ミノタブの効果に救われた」僕の発毛体験